中央大量子凝縮系理論セミナー

2025年度第3回中央大量子凝縮系理論セミナー
日時: 6月6日(金) 15:30 – 17:00
場所: 中央大学後楽園キャンパス 新1号館 1242教室(2階)
発表者: 山本薫 (NTT CD研究所)
タイトル:高精度な分散量子計算に向けた期待値レベルでのエンタングルメント蒸留プロトコル
概要:分散量子計算(Distributed Quantum Computation)は、遠隔に配置された複数の量子デバイス間で高忠実度の非局所操作を実現することにより、スケーラブルな量子計算を可能にする有力な枠組みである。従来、こうした非局所操作は、エンタングルメント蒸留によって得られた高忠実度の量子もつれを消費することで実装されてきた。
しかし、局所操作と古典通信(LOCC)にノイズが存在する場合、蒸留によって得られるエンタングルメントの忠実度には限界が生じ、結果として非局所操作の精度が制限されるという課題があった。
本講演では、ノイズを含むエンタングルメントを用いて、期待値のレベルで仮想的にエンタングルメントを蒸留するという新たなプロトコルを紹介する。
本手法の利点は以下の通りである:

  • LOCC にノイズが存在する状況下でも高い性能:従来の蒸留プロトコルの忠実度限界を超える非局所操作の実現が可能である。
  • サンプル数の効率性:量子もつれを直接活用する点で、測定データの統計的処理を通じて非局所操作を再現する古典的な後処理的手法である回路分割と再構成(circuit knitting)に比べて、必要なサンプル数が少ない。
  • 忠実度揺らぎへの頑健性:共有されるベル対の忠実度が時間的・空間的に変動するような状況においても、安定した性能を維持することができる。

本プロトコルは、エンタングルメントベースの分散量子計算手法と、古典的後処理に依存する回路分割ベースの手法との中間的立場を取るものであり、ハードウェアの制約が存在する中でも、柔軟かつ効率的なスケーラビリティを提供する可能性を秘めている。講演では、提案手法の理論的基盤および数値シミュレーションによる検証結果を解説し、今後の分散量子計算の発展に向けた展望について議論する。

2025年度第2回中央大量子凝縮系理論セミナー (中村研究室との合同セミナー)
日時: 5月7日(水) 17:00 – 18:40
場所: 中央大学後楽園キャンパス 新1号館 1143教室(1階)
発表者: 松本匡貴 (中央大学)
題目: 開放量子系におけるoutput currentを通じた散逸量子相転移の解析
概要: 散逸量子相転移は、開放量子系において非解析的な物理的特性の変化として現れ、平衡系には見られない特異な振る舞いを示す。これまでの研究では、Liouvillian gapの消失など、散逸量子相転移を検出・特徴づけるためのさまざまな指標が提案されてきた。本研究では、開放量子系と環境との相互作用によって生じる「出力カレント(output current)」—すなわち、単位時間あたりの平均量子ジャンプ数—に着目する。特に、output current の変動、動的相関関数、パワースペクトルを通じて、相転移に伴うダイナミクスの変化を調べた。モデルとしては、スピン1/2 XYZモデルおよび駆動散逸Kerrモデルという異なる二つの系を採用し、それぞれの系における散逸量子相転移の特徴を考察する。
(参考文献)https://arxiv.org/abs/2502.01136

2025年度第1回中央大量子凝縮系理論セミナー
日時: 4月25日(金) 16:00 – 17:30
場所: 中央大学後楽園キャンパス 新1号館 1143教室(1階)
発表者: 福井浩介 (東京大学)
題目:光による誤り耐性量子計算の実現手法と最近の展開
概要:量子計算・量子通信・量子計測といった次世代情報処理実現に向けて、現在では超伝導や冷却原子、半導体など様々な物理方式において研究開発が盛んである。その中で光の量子技術は他の物理系には無い優れた性能を持ち、独自の路線によって研究開発が進められている。本セミナーでは光方式の量子情報処理の動作原理について最近の展開を交えて概説する。具体的に光量子コンピュータの動作原理について、ボソニック符号と呼ばれる光量子ビットを用いた測定に基づく量子計算方式や計算中に生じるエラーの訂正手法を説明する。特に我々の成果として、ボソニック符号の1種であるGKP量子ビットを用いた量子計算や光波の性質を活用した量子誤り訂正について解説する。加えてGKP量子ビットの量子通信への応用や、最近の成果である異種のボソニック符号を相互補完的に活用する手法についても紹介する。

2024年度第5回中央大量子凝縮系理論セミナー
日時: 10月30日(水) 15:00 – 16:30
場所: 中央大学後楽園キャンパス 3507教室(3号館5階)
発表者: 八角繁男(NTT CD研究所)
タイトル: ノイズのある量子回路の古典シミュレーション可能性
アブストラクト:
 古典コンピュータで解くことが困難な社会・産業的に有用な問題を、ノイズの影響を受ける量子コンピュータを用いて解く、いわゆる量子優位性実証は重要なマイルストーンである。一方で、ある程度ノイズの影響を受けた量子回路は古典コンピュータで効率的にシミュレーション可能であることが知られている。そのため、量子回路がどの程度ノイズの影響を受けてしまうと古典シミュレーション可能なのかを定量的に明らかにすることは重要な課題である。
 本講演では、まずGottesman-Knillの定理を用いて、一般の量子回路を古典シミュレーションする方法とその古典シミュレーションコストについて説明する。次に、自由フェルミオンのダイナミクスを表すMatchgate回路を用いた場合についても、一般の量子回路をシミュレーションする方法とその古典シミュレーションコストについて説明する。これらの古典シミュレーションコストを、ノイズの影響を受けた具体的な量子回路に対し数値計算することで、どのような回路が古典シミュレーションしやすいのかを議論する。

2024年度第4回中央大量子凝縮系理論セミナー
日時: 10月16日(水) 15:00 – 16:30
場所: 中央大学後楽園キャンパス 3507教室(3号館5階)
発表者: 設楽智洋(NTT CD研究所)
タイトル: 有限群で記述される非対称性のリソース理論とi.i.d.変換可能性
アブストラクト: 対称性は物理学全般において重要な役割を果たすが、近年、量子情報理論の観点から研究が進められている。特に、非対称性のリソース理論と呼ばれる枠組みにおいては、状態や操作の非対称性をリソースとして利用して、対称性による制限を受けた操作(共変操作)のみを用いてどのようなタスクが実行できるかを解析する。本発表では、はじめに非対称性のリソース理論について説明する。その後、私たちの最近の結果として、対称性が有限群で記述される場合に、共変操作のみを用いてある独立同分布(i.i.d.)純粋状態から別のi.i.d.純粋状態へ変換する際の漸近変換レートを求める公式を紹介する。漸近変換に誤差を許すかどうかによって、変換レートの振る舞いが大きく異なることや、その物理的背景について議論する。

2024年度第3回 中央大量子凝縮系理論セミナー
Date: 7/29(月) 15:00~16:30
Place: 中央大学後楽園キャンパス 3507教室(3号館5階)
Speaker: Filiberto Ares(SISSA)
Title: Entanglement asymmetry: from the quantum Mpemba effect to black hole evaporation
Abstract: In this seminar, I will introduce the entanglement asymmetry, a quantum information based observable that measures how much a symmetry is broken in a part of an extended quantum system. I will then discuss two applications of it. First, I consider a spin chain in which a symmetry explicitly broken by the initial state is dynamically restored by the time evolution after a quantum quench. Unexpectedly, the more the symmetry is initially broken, the faster is restored, a quantum version of the counterintuitive and yet mysterious Mpemba effect. As a second application, I will use the entanglement asymmetry to monitor the broken symmetries of a black hole during its evaporation. I will show that, if the black hole initially breaks an arbitrary U(1) symmetry and information is preserved, the emitted radiation is in a symmetric state until the halfway point of the evaporation, the Page time, at which undergoes a sharp transition to a state that breaks the symmetry.

2024年度第2回 中央大量子凝縮系理論セミナー
日時: 6月14日(金) 15:10-16:40
場所: 中央大学後楽園キャンパス 3507教室(3号館5階)
発表者: Karin Sim (ETH Zurich)
Title: Dynamics of non-Hermitian systems
Abstract: Non-Hermiticity in quantum Hamiltonians leads to non-unitary time evolution and possibly complex energy eigenvalues, resulting in a rich phenomenology with no Hermitian counterpart. By studying quantum quenches in an exactly solvable model [1], we reveal the violation of adiabaticity in non-Hermitian systems that pass through exceptional points during time evolution. We employ a fully consistent framework of non-Hermitian quantum mechanics, in which the Hilbert space is endowed with a non-trivial dynamical metric. We then generalize the notion of unitary symmetry to non-Hermitian systems, showing that the symmetry structure leading to the violation of adiabaticity is general.
[1] Phys. Rev. Lett. 131, 156501 (2023), arXiv:2406.05411

2024年度第1回 中央大量子凝縮系理論セミナー(オンライン形式)
日時: 5月17日(金) 16:00-17:00
発表者: 竹内勇貴 (NTT CS研究所)
タイトル: 測定型量子計算における計算万能性から量子状態万能性への触媒的変換
アブストラクト: 任意の量子計算を行うことができる計算モデルは万能量子計算モデルと呼ばれている。量子計算では古典ビットと量子状態という2種類の出力が考えられるため、2種類の万能性が存在する。任意の量子状態を生成できる性質を量子状態万能性(strict universality)、任意の量子回路の出力確率分布を生成できる性質を計算万能性(computational universality)と呼ぶ。定義より、量子状態万能性を有する計算モデルは計算万能性も有している。しかし、逆は一般には成り立たないことが知られている。本発表では、まず始めに測定型量子計算の基礎を説明する。その後、我々の結果として、計算万能性を量子状態万能性に変換する手法を紹介する。特に、本変換手法を具体的な測定型量子計算プロトコルに適用することで、リソース理論の観点では2つの万能性に差がない場合があることを示す。今後の展望についても議論する予定である。